地震レポ。


みなさま、大丈夫でしょうか?
無事でしょうか??

今回の地震で被災されたみなさま、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。

早く、みなさまに笑顔が戻りますように・・・


今回の地震の時、私はパークにおりました。

現地レポをしていた時、みなさまからのコメントやメール、本当に嬉しかったです!
そして、勇気づけられました。
本当に、本当にありがとうございました><


今日は、その地震のときの事を書きたいと思います。


長くなるかと思いますので、追記に書かせていただきます。



2011/3/11、14:46。
この時私は友達とディズニーシーのプラザにおりました。
丁度、ミキミニの整列に並んで、Mayuちゃんとお話した後に地震が起こりました。


最初は地震ということが分かりませんでした。
ハーバーではミシカがやっていましたから、その揺れかと思うくらいでした。

でも、そんなことでは揺れないだろうし、周りの人が地震と言っていたので、地震と気づきました。

その揺れはだんだん大きくなり、円を書くようにぐるぐると揺れるかんじでした。

あたりを見回すと、吊り下げられたランプはぐるぐると揺れ、モノレールの駅が駅ごと揺れていました。

私は、外灯の下に並んでいたのですが、その外灯も揺れていたので、危ないと思い、その場を離れ、プラザのフリーグリが行われるなにもない所で座り込んでいました。

プラザにいた人たち全員がその場で座り込み、揺れがおさまるのを待ちました。


地震が起きても流れていた音楽が急に切れたのは、かなり不安になりました。


そして、揺れがおさまりました。
これで終わりだろうと思い、ミキミニに並んでいた人達はまた自分の列に並び始めました。

そうするとまた揺れが始まり・・・

この流れが2・3回続きました。


お店のキャストさんも全員出てきて、ハーバーの方にいた人たちもプラザに集められました。


その間、放送が何度も流れました。
震度の説明、交通機関が動いていないということ・・・


しばらくしても揺れが来なくなったのですが、雨が降り始めてきました。


この時くらいに、キャストさんにプチプチを頂きました。

雨が降り始め、みなさん入り口の屋根の下に避難しましたが、私と友達は出遅れてしまったので、コインロッカーの入り口の小さなテントの下に座っていました。


この時、耐震のチェックをしてるといことで、中には入ることはできませんでした。


寒くなってきたので、友達の分と2枚持ってきていたブランケットをかけてしのいでいたところに、一瞬の出来事だったので、キャストさんだったのかわかりませんが、ゴミ袋を渡してくださいました。
それの底の部分を切り、頭から被っていました。

しばらくすると、周りの人達がダンボールを被ったりしているのを見て、ダンボールを貰いに行きました。
しかし、その時にはもうダンボールは小さいものしかありませんでした。

持って帰って、どう使うのか分からずにいたら、キャストさんが、使い方を教えてくださいました。
体のサイズに合わせて折り、ゴミ袋と服の間に入れるといいのだそうです。


プチプチ、ブランケット、ゴミ袋、ダンボールで寒さをしのいでいました。


この間に父と連絡を取り、電車の情報、新幹線の情報などを得ていました。
しかし、連絡しようにも、電話はほとんど繋がりませんでしたので、メールで連絡を取っていました。

電車も高速道路も新幹線も動いていない、もしかしたらこの日には帰れないと思い、父にお願いして、近くのホテルを片っ端から連絡してもらいました。
私の携帯はほとんど繋がらなかったので。
しかし、東京方面には繋がらないそう。
友達の携帯が繋がりそうだったので、かけてみましたが結局繋がらず・・・
外で寝るのを覚悟した瞬間でした。

しかし、友達がトイレに行き、帰ってくるとキャストさんも入れなかったお店の中にキャストさんがいて、なにか話していると言っていました。
なにかあるのでは、と2人は思いました。
とりあえず、今いる場所は確保しておきたかったので、友達が様子を聞きに行ってくれました。

すると、誰も入れなかったハーバーに人を入れていて、なんとミラコスタにこの日宿泊する人を入れているという情報を入手して帰ってきました。

私達はもうチェックアウトしていたので、無理というのは分かっていましたが、とりあえず行ってみることに。

とりあえず、預けていた荷物をキャストさんが持ってきてくれ、そのまま入り口の端の方で待っていました。

待っていると、キャストさんが18個入りのチョコクランチを持ってきてくださいました。

周りを見ると、お茶を飲んでる人をたくさん見つけたのと、母がディズニーでお茶を配ってる映像を見たとの連絡がきて、お茶を探しに行きました。
ここでも、場所確保の為、一人が残りました。
今回は私が行きました。


キャストさんに場所を聞き、カフェ・ポルトフィーノへ行きました。
その途中でみなさんが違う方向へダッシュ!
なにか分からなかったので、とりあえずお茶をもらいに行きました。

お店の中は、たくさんの方が場所を取っていました。
その中でお茶をもらう列を探し、並んで紅茶をもらい帰りました。

すると、さっき、お菓子の争奪戦があったという情報を友達から聞きました。
しかし、いつミラコスタがこの日の宿泊者を入れ終わり、他の人を入れるかわからないので、行けませんでした。

そして、ちょっとするとミラコスタの人がこの日にチェックアウトした人のみをロビーに案内するとおっしゃいました。
運よく、ミラコスタに泊まっていたので、ルームキーを見せて中に入れてもらいました。


そして、中でジュースや雑炊を配ってくださいました。

部屋にはご案内できないとのことで、ロビーで寝るか、宴会場の方で寝るかでした。
入れただけでも充分です。

宴会場の方がスペースがあったので、そちらに移動し、宴会場の絨毯のひいてある廊下で寝ることにしました。

みなさん、シーツをひいていたので、キャストさんに伺うともうないとの事。
しかし、探しに行ってくださり、バスタタオルを貸してくださいました。

そして、バスタオルをひき、ブランケットを布団代わりに、マフラーを折って枕代わりにして寝ました。


11時頃に寝ましたが、3時頃には起きてしまいました。

そこからずっと起きていて、7時か8時ごろに朝食を支給してくださいました。
朝食は、小さなパンが2つとコーンポタージュでした。
すっごく、すっごく有難かったです!

そして、父と連絡を取っていました。

しかし、帰る方法が見つからず、途方にくれていましたが、周りの方が東京駅まで行く方法を話しているのを聞き、すぐにキャストさんに確認。

すると、シーのバスターミナルから浦安駅までバスが出ていて、そこの地下鉄に乗り、大手町で降りて歩いて東京駅に行けるとの事。

父にその方法を連絡し、ミラコスタの人にお礼を言い、出発しました。

しかし、並んでいると、浦安駅が混雑の為、バスの運行見合わせ。
そして、更に電車自体も見合わせとの事。

でも、歩いている間に動き出すかもしれないと思ったので、1時間くらい歩いて浦安駅まで行きました。
外を歩くと、道は斜めになり、地面は地下浸水していて、足が上がらないほどでした。
改めてこの地震の凄さを知りました。


浦安駅に着くと切符を買うだけで並んでいたので、タクシーで東京駅に向かうことに。


タクシーのおじさんが言うには、渋滞しているので、時間が許すなら乗ってもいいということでしたが、新幹線の時間とかも特にないので、お金が心配でしたが、乗ることに。

しかし、渋滞もせず、無事に東京駅に着くことができました。


東京駅に着き、新幹線の切符を買う場所を教えてもらい、切符を買いに。
出来れば、指定の2人掛けがよかったのですが、それは何時間も先ではないとないとのことで、3人掛けの禁煙、指定席を1時間後に取ることが出来ました。

お腹が空いていたので、近くのドトールコーヒーでお昼ご飯。

時間が来たので、新幹線に乗り、無事に京都に着き、そこから滋賀へ帰りました。
友達の降りる駅で一緒に降り、私の両親と無事会うことができ、友達を家まで送り、私も自分の家に無事に帰りつくことができました。


今回、助けてくださった、キャストのみなさん、ミラコスタのみなさん、タクシーのおじさん、お父さん、お母さん、本当にありがとうございました!
感謝の気持ちでいっぱいです。


まだまだ、地震の被害は終わっていません。
たくさんの方が、大変な思いをしていると思います。

このブログ内でなにが出来るか考え、私の写真の腕では元気にならないかもしれませんが、何枚か元気になれそうな写真を載せることにしました。


地震レポ。1


地震レポ。2


地震レポ。3


地震レポ。4


みなさまに早く笑顔が戻りますように・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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Category: インレポ